タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

ほんとうにクルマはすべて自動運転になるのか



 このイケダハヤト氏の発言には伏線があって、カレは自動車が完全に自動運転になるといっていた。4輪車が自動運転になるなら、バイクは邪魔になる。だからバイクは絶滅するというバイクに乗らないものにとっての希望的観測をのべているのだ。そうかんたんにいくか。

 というのは、自動車が完全に自動運転になることは、僕やイケダハヤト氏の存命中には少なくともないと考えるからだ。僕が死んだあと?それは知ったこっちゃない。たしかめようがないのだから。とにかく僕は、僕の存命中ぐらいバイクには乗っていたい。

 イケダハヤト氏は、4輪車が自動運転になれば事故がなくなると考えているらしい。だが少なくなるだろうが、ゼロにはならないとおもっている。なんせニンゲンの作り出したものである。ぜったいはありえない。むしろ構造がむずかしい機械ほど、予測のつかない誤作動だってありえると僕は思っている。

 もし事故が起きたら、自動運転のクルマのばあい誰が責任をとるのだろう。クルマの持ち主がとるのか。運転していないのに?それともクルマを作った会社?また相手が歩行者だった場合、自動運転のクルマは電車と同じだからということで、歩行者の過失になるのか。

 技術的なことだけでなく、そういう部分での議論と整備の時間が必要だろう。これはもちろん僕が死んだら関係ないということはなく、未来の人たちのために無関心ではいられない。僕はなんでも”自動だ自動だ”という社会はニンゲンを退化させると考えている。

 だったら運転する者が責任を持って自動車を扱う社会のほうが健全じゃないかという気がするのだ。事故はどうするんだと”イケダニンゲン”のヒトにはいわれるかもしれないが、現代でも着実に事故は減ってきているのだ。ヒトの努力で。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続くかぎり、僕は君の傍にいる。