タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

独り身のオトコの生き方と死に方

お年寄りを尊敬すべきだろうか?という質問に対して、まわりの人々の一番多い回答は「その人が尊敬すべき人格なら」だ。

もはや歳をとっている、というだけでは尊敬されることはない。老人のもつ知識は陳腐化し、経験は現状にそぐわない。年寄りは増え、長寿はもはや珍しくない。

(引用)
40歳になり「尊敬もされず、友達もない孤独な老人」に思いを馳せる。
 昨日テレビでやっていたのだが、千葉県船橋市の、交通量が多く、信号のない狭い通学路で、ボランティアをやっている高齢者男性がいた。無事に小学生が横断歩道を渡れるように、交通整理をしているのだが、そのおじいさんに対して「どけ!」などと心無いコトバを浴びせかけるドライバーがいたらしい。

 まあこれはレアケースだろうが、内心ジャマだと思っているヒトはもっといるだろう。これがもし若い警察官とかだったらまたドライバーの対応が違ったはずだ。こういうほんとうに尊敬できる高齢者相手にすらこうなのだから、いまや歳をとることが罪悪な世の中だなあとつくづく感じる。

 いやいや高齢者だからうんぬんじゃなくて、相手が警察官じゃ言えないだろうって?でもむしろ昔はもっと公権力にたいして反抗的だったとおもうが。僕と尾崎豊だけだろうか。むしろボランティアでやっているようなヒトに対してこそ反抗なんてしなかった。

 僕ももうすぐ44歳。介護保険を払っているトシでもある。老いについて少しマジメに考えなければならない。結局は死に方だろう。なるべくヒトに迷惑をかけない死に方をしたい。両親より早く死なず、なおかつ妹や弟家族の手を煩わせないようにコロッと死ぬ。働けなくなって、生活保護をもらうなんて言語道断。

 それが独り身のオトコの生き方なんだと思っている。ヘタに長生きしようなんて考えないことだ。でも船橋の80近くになってボランティアをやっているおじいさんの生き方もカッコいいなあって思いもするけど。 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。