タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

太陽がくれた季節



 村野武憲といえば、青春ドラマ「飛び出せ!青春」。そして「飛び出せ!青春」といえば、主題歌の「太陽がくれた季節」である。ドラマ放映時はちょうど僕が産まれたころで、まさに青春というコトバの全盛期であった。

 いまやこの歌をカラオケとかで人前で披露しようものなら、かなり恥ずかしいヒトになってしまう。それぐらい甘酸っぱくもあり、ほろ苦さもある歌なのである。この太陽がくれた季節という歌を、僕は高校一年生のときに、音楽の授業で習った。

 僕の高校は農業高校だったので、普通高校とちがって、専門科目がある。国語や英語などの普通科目は週2回。音楽にいたっては週1回で、しかも1年生のときのみであった。だというのに、この歌を習ったことはなぜか覚えている。

 ある日、歌のテストがあって、先生の前で歌わなくてはならなくなった。課題曲は、「翼をください」か「太陽がくれた季節」を選ばなくてはならない。僕のクラスは男子クラスで、クラスメイトの誰かとペアを組んで歌わなければならない。

 さあ誰と組もうか思案していたら、比較的地味な存在の生徒からお声がかかった。ふたりで何を歌うか決めるとき、僕は「太陽がくれた季節」にしようと言ったのだが、そのクラスメイトから拒否された。 恥ずかしいらしい。それは他のクラスメイトも同様だったようだ。結局僕らは「翼をください」を歌うことにした。

 他のクラスメイトもほとんどが「翼をください」を歌い、「太陽がくれた季節」を選んだのは18組中1組だけであった。 千葉の田舎の高校生はシャイだった。しかし1990年代だというのに、「翼をください」に「太陽がくれた季節」なんてずいぶんと古い歌を習わせるものだ。それが教科書に載っているのだから。

 とにかくだから「太陽がくれた季節」という歌は歌うのが恥ずかしいということなのである。僕はそう認識している。やはり当時から”青春”というコトバが面映かったのだろう。いつも牛の乳しぼりをしているような男子クラスだからなおさら。 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。 この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。