ハードボイル道 ~酒と泪と哲学と昭和ネタの日々~

とは言いつつふだん酒は飲まないのであるが。

随筆

仮想現実であれば殺してもいいか

矛盾するようですが、お人形ごっこは仮想現実なので、現実で出来ないことを経験することは悪くないと思っています。ぼくも芝居の中でたくさん人を殺してきたから。お人形で殺人ごっこをしてもいいし、お人形のパンツをみてもいい。それで罪悪感を覚え、現実…

陽岱鋼の象牙取引禁止活動動画と”頑なな無関心”

言葉の暴力というのは、よく聞くけれども、言葉としては隠されている、視覚に突きつけられる暴力というのがある。気にしないヒトもいるかもしれないが、怒りが沸いたり、傷つくヒトがいるかもしれない。

”シングルマザーの幸せ”と月の裏のハナシ【後編】

ハナシは変わって、月を周るということについて。月周回旅行というのは、何百億クラスの費用がかかるらしい。前澤友作社長ご本人の他、アーティストを何人か連れていくのだそうだが。

”バカ”は本当に大学に行く必要がないのか(本編)

「大学に行く意味がない」 そういうことを言うのは一流の大学を出た者や、中退して現時点において成功している者、大学に行かなくても現時点において成功している者とさまざま存在する。

”バカ”は本当に大学に行く必要がないのか(プロローグ)

さいきんブログやSNSなんかで”大学なんて行かなくていい”という意見が見受けられる。偏差値が低い大学に行ったって、いいところに就職できないから意味がない?はたしてそうだろうか。たとえばこのような意見がある。

それでもLGBTは痴漢と同列だ

自民党本部前で議員辞職を求める”大規模”なデモも行われるなど反響を呼んだ『新潮45』の杉田水脈衆院議員の寄稿「LGBT支援の度が過ぎる」だが、これを擁護した文芸評論家・小川榮太郎氏の寄稿が一部で話題になっている。

死んでこの世の無になりゃ孤独もなにもないだからポックリ死ね

現在40半ばで独身ではあるけれど、孤独は感じていない。孤独というものを知らないからだ。孤独に悩む人は、その孤独感というものがいったいなんなのかというのをもう少し突き詰めて考えるべきではないだろうか。

”風評”に実体などない

そうなのだ。風評には実体がないからこそ、風評があると言っている側は証拠を示すことはできないし、誰からも示せといわれない。だから示さなくてもいいことになっている。

水の事故にはくれぐれもお気をつけて【本編】

神奈川県の山北町というところに、玄倉川という川がある。いまから20年ほど前に子ども4人を含めた13人が亡くなるという水難事故があった。

過去も未来もそれはまるで8ミリカメラのフィルムのように

過去も未来も存在せず、あるのは現在という瞬間だけだ。と言ったのは、ロシアの文豪トルストイである。たしかに時間というのは、実体がない。”何時何分”などというのは、ニンゲンの都合上、数値化したものにすぎない。

ヒトは死んだらどうなるのか

あるヒトがこんなことを言っていた。”ヒトは死なない(肉体が死んでも)触覚がなくなるだけだ”と。死んだこともないのに、よくそういうことが言えるなとツッコミのひとつやふたつ入れたくなってしまうのだが。

不条理はしょせん偶然の積み重ねである

たとえばあなたが特攻隊のパイロットであったとしよう。そして仲間が亡くなり、あなたが生き残り終戦を迎える。そうなった時に、あなたはどう思うだろうか。きっと仲間の死を前にして、生き残ってラッキーだとは思わないだろう。

功利主義は悲しみに暮れる少数派を救えるのか

基本的な考え方は、『正しい行い』とは、「効用」を最大化するあらゆるものだと言うもの。正しい行為や政策とは「最大多数個人の最大幸福」(the greatest happiness of the greatest number)をもたらすものであるとジェレミ・ベンサムは論じた。

自分って何

なにゆえ大学に籍を置いて哲学を学ぼうとしているのか。それは死ぬための準備といえるだろう。子どものころから死生観というのは、いつもテーマとして持ちつづけてきた。集大成とまではいかなくとも、ある程度まとめられたらと考えている。