平成のはじめごろ「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」という番組に「麻原彰晃の青春人生相談」コーナーがあった。このちょっと前に、オウム真理教は、真理党という名で選挙に出て全員落選したということもあった。
このころはまだ、みんな麻原のことを”イジれる”ネタキャラという認識であった。まさかこの数年後に、地下鉄サリン事件を起こすとは思ってもみなかったはずだ。だがこのころすでにもう、その準備はすすんでいたのだ。
のんきにリンスつかっているかどうか聞いている場合ではなかった。そもそもなぜオウムは選挙に出ようなどと考えたのか。当時の映像なんかをみても、麻原は本気で当選するつもりでいた。
きっと麻原は、隔離された狭いコミュニティにいて、そのなかにおいて崇拝され、テレビや新聞など外部の情報をシャットアウトした環境のなかで、コミュニティ外のニンゲンが自分をどう思っているのか、わからなくなっていたのだ。
そして自分が社会において全能であるという、全能感を脳に植えつけてしまった。でも社会に出て選挙ではっきりと否定されたことで、歯車が狂ってしまった。民主的手続きがダメになり、暴力で万能であることを示すしかなくなってしまった。
だがその全能感も終焉をむかえた。麻原は国家権力に捕らわれる前に、自らの手で死ねなかった。ほんとうに全能の尊師であるならば、殉死すれば”神”になれるはずだった。けれどもそれができず、生きて虜囚の辱めをうけることとなった。
さらに恥ずかしいのが、大金を持って隠れていたことだ。こんなことになって、なにをいまさらお金を頼りにしてしまったのか。そんな俗物の姿を警察にみられてしまっては、もはや気ぐるいになるしかない。
今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。