ハードボイル道 ~酒と泪と哲学と昭和ネタの日々~

とは言いつつふだん酒は飲まないのであるが。

なぜニンゲンは大学に行くのだろうか


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 マズローの自己実現理論ではないけれど、現在は働けるだけの健康、それがあるゆえにあたたかい飯が食べられて、雨風しのげるアパートに住めている。なんだかんだいっても日本は平和だ。

 

 家族はいるし、まわりのヒトにえらい世話にもなっている。そのくせヒトからの相対評価(他人と比べられる)には無頓着だ。これに拘泥するとロクなことはないのだ。ヒトはヒト。自分は自分。

 

 人はそれぞれちがう。なかには絶対に勝てないものだってある。たとえば若さなんていうのはそうだ。それなのにムキになって対抗しようとするから、むしろ自分の進化が止まる。

 

 ニンゲンは歳をとればとるほどに、他人からの評価ではなく、自己評価に重きをおかなくてはならない。かなえられない欲求を捨て去ることも、ときにはニンゲンにとって必要なのだとおもう。

 

 

ごくフッツーに考えて、今の時代に大学行く意味ってないですよね。

 

・大学に行かなくても大抵のことは学べる。

・大学に行かなくても食べていける。

・大学に行かなくても人とのつながりはできる。

・大学はそもそもコスパが悪すぎる。

 

よっぽどの目的意識がないかぎり、大学なんて行かなくていいと思いますけどね……。

え?この時代に「大学に入る意味」があると、本気で思ってるの……? : まだ仮想通貨持ってないの?

 

 突然だが若者よ。無責任な大人の”炎上狙い”の極論には、のせられないように願いたい。”意味”なんていうのは無くても、その無駄を楽しめることが若者の特権なのである。大学に行くことが無駄だったかどうかなど、歳をとってから考えればいいのだ。

 

 あんな大学行かなくても学べるやら、食べていけるやら、ヒトのつながりなんていうのは結果論に過ぎない。結果にいたるまでの過程に目をむけようじゃないか。なんかああいう大人の極論というのは、おなじ大人としてどうかなって考えちゃうわけだ。

 

 無意味なことにこそ意味はある。無意味なのがわかったからこそ、次は意味のあるものにしてみようと模索する。とりあえず大学卒業の肩書をえてみたと。それでいいじゃないかと。まだ先は長いのだし。

 

 なんてことを自分の子どもぐらいの若者に進路相談をされて考えてみたりした。

 

 さいごにひとこと。

マズローの自己実現理論(5大欲求)は介護福祉士試験によく出る。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。