「24時間テレビ」じたいにはそれほど思い入れみたいなものはなくただ、ああこれで夏も終わりを告げようとしているのだなあぐらいの感覚だ。ただ毎年湧いてくる番組批判の声みたいなものにはうんざりする。
【新潮】「吐き気がしそう」 百田尚樹氏が「24時間テレビ」を批判する理由~ネット「24時間の車より、日本財団が寄付した車のほうがよく見かける」 https://t.co/OHJcKhwjtD
— アノニマス ポスト (@anonymous201504) 2018年8月30日
なんだかんだ言っても”24時間テレビ”は越えられない現実 でも先日触れたけれども、いくらスポンサー収入が入ろうが、数億円規模で寄付を集められているわけで、チャリティーをビジネスにしてなにが悪いのか。
また民放というのはNHKと違って、視聴者から受信料をもらうわけではなく、スポンサーのCMを流して収益を得る。スポンサーが求めるものを制作する。それを反映したのが視聴率である。
なにが言いたいのかというと、民放である日本テレビの番組制作にケチつけるのなら、どうやれば24時間テレビの募金額を超えられるような番組が作れるのか言ってみろということだ。つまり批判だけしているけれども、生産性がないのだ。
すでにビジネスモデルとしてできあがっている「24時間テレビ」に収益無しでやれっていうのが、批判者として虫の良すぎるハナシなのである。そういうこといえる自分かっこいいと思っているかもしれないが、はっきりいってカッコ悪い。
よく”アメリカのチャリティー番組はノーギャラでぇ”とかいうヒトがいるが、そのアメリカのチャリティー番組はどれだけ募金額を集めているのかというのを示した批判者をみたことがない。
もしそういうチャリティー番組を作りたいのであったら、NHKにでも提案すればいいのだ。あそこは”みなさまの受信料”で成り立っているわけだし。それが成功すれば、「24時間テレビ」方式なんておのずと淘汰されていく。
今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。