KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

おときた駿と”セフレ容認契約書”


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三次氏は夫の音喜多氏との間で、セフレを作ることを認めてもらう誓約書を交わしているというのだ。さらに、セフレが実際にいることまでSNSでは認めている。

 と、題名には書いているけれども、ぶっちゃけていえば、夫婦間の取り決めなど、他人がどうこういう筋合いはない。週刊文春も倫理的にどうこうというより、たんにネタとして面白がっているだけである。

 

 ただ文春がネタだと思っているであろうという部分で、私が問題だなと感じるのが、個人的なコミュニケーションとして使われているSNSの私的な内容を、マスコミに流すニンゲンである。

 

 こういうところって、いくら後に仲が悪くなった間柄といえども、ニンゲンとして守るべき矜持の部分ではないだろうか。考えてもみてほしい。別におときた夫妻は、公共的不利益なことをしたのではない。あくまで私的な部分でもことなのだから。

 

 流した方のニンゲンは、ギャランティーをもらったのだから、その分リスクも背負うべきである。なのでおときた駿氏の妻である三次由梨香氏は、この情報を文春に売ったニンゲンの名をTwitterなどで公表するべきだ。

 

 公人・有名人が受けるダメージと同等な無名人として受けるダメージを与えないと、ヒトのプライベートを軽視し自分が得すればいいやというヤカラは減らない。だがおときた氏も問題があるヒトだよなとも考えるのだが、それはまた次回。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。