KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

はあちゅうさんAV男優との結婚おめでとう

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 ちなみに題名と本文は、関係がない。この題名でどれだけ検索されるのか試しているだけである。はあちゅうさんを肴にして楽しもうとやってきたヒト残念。これもまた人生。ああ川の流れのように。しみけんバンザイ!ついでに田渕正浩さん最高!

 

 

 日本社会に生きるヒトの多くは、アダルトビデオに出ているヒトに対して尊重することを知らない。それどころか、ネタにして、自分の周りのヒトの笑いをとろうとする。そこまで尊重するつもりがないのなら、フランス書院でも読んでいればいいのに。

 

 私のように思春期のエロネタ探しに苦労した世代のニンゲンにとって、アダルトビデオに出演しているヒトや制作に携わるヒトというのは、本当にありがたい存在なのであった。

 

 昔、僕らの青春時代は、エロスを求めて失敗もした。エロい写真を手に入れようとして、「隆と千代が汗にまみれ、裸体を重ねあう…」という売り文句に反応し買ってみたら、隆の里千代の富士が相撲をとっている写真だった。なんてハナシがザラにあったものだ。

 

 そんな時代を過ごしてきた者にとっては、AV女優さんは信用できる、ありがたい存在なのである。女優さんだけではない。もちろん男優さんだってそうだ。アダルトビデオというのは、女優さんの容姿が重要である。

 

 僕を例にすると、女性にかんしてプライベートにおいても、ショートカットヘアのヒトにしか興味がわかない。あなたにとって今日1日で一番無駄な情報を提供してしまい申し訳ないが。

 

 また男優さんにおいても、やはり優しいヒトであってほしい。女優さんが悲しい顔をするのは見るに堪えないのだ。和気あいあいとした雰囲気で、楽しみ勤しんでもらいたい。なんといっても男優さんは見ている僕らの”分身”なのであるから。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。