KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

声優さんVS戸田奈津子先生


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 僕はほとんど映画を観ないヒトで、最寄の駅の辻堂の前にも映画館があるのだけれども、ポスターをみて興味は沸けども観るまでに至らないということが、しばしばある。お恥ずかしい話、ヒトがいるところで、ひとりというのもなあというのもある。

 

  そんな僕が久しぶりに映画を観た。といってもアパートにいて、テレビでやっているのを観たのだが。今回の作品は「炎のランナー」で、オリンピックに出場した選手の実話がもとになっている。

 

炎のランナー - Wikipedia

 

 どうもこの映画のオープニング曲を聴くと、むかし流行ったゲームの「ハイパーオリンピック」を連想してしまう。あのゲームは、とにかくボタンを叩くということに特化していたっけ。シンプルに。

 

 実際の映画も、民族や宗教という見えない精神の足枷のようなものにしばられながらも、それでも己の肉体を駆使して、ひたすらシンプルに、走るという行為に邁進していく選手を描いた作品であるが。

 

 タダで観させてもらっているので、ぜいたくはいえないのだけれども、僕は字幕で観る方が好きなのだ。ただ今回は吹替であった。なんというか字幕の方が、演じている俳優の息づかいみたいなものが伝わる気がするのだ。

 

 しかし例外もある。僕は「刑事コロンボ」というドラマが大好きなのだが、これだけは小池朝雄さんの吹替でないとダメなのである。あの世にいるピーター・フォークには大変申し訳ないのだけれども。夜と朝のあいだに。ってそのピーターじゃない。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。