KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

NHKをぶっ壊してその後どうするのか(後編)


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  NHKをぶっ壊してその後どうするのか(前編)からの続き。前編の冒頭の引用文をふり返ると、”公共放送の部分は国有化”と”残りのバラエティーは見たい人が支払う制度にする”という二つに分けられる。

 

  ここで疑問に思うのは、公共放送とバラエティーの線引きってなに?ということである。たとえばニュースはどちらなのか。もし公共放送であるのならば、国有化したばあい、国家権力の宣伝機関になりはしないのか。どう独立性を守るのか。

 

 それだけではない。Eテレでやっている教育番組はどうなのか。テレビが担う教育番組の使命は、いまだ大きいのではないだろうか。この部分は”観たいニンゲンが観ればいい”というものではないと僕は主張する。

 

 この疑問を今回、Twitterで宮内とし八千代市議会議員をフォローして聞いてみたのだが、”いいね”だけしか返ってこなかった。おそらくはまだ組織としても発展途上の段階であり、また議員自身もまだなりたてということで、情報共有できていないという可能性がある。

 


立花孝志は大阪府知事選挙【来年4月】と参議院選挙【来年7月】の両方に立候補する予定です。

 

 僕が考えるNHKの変えないといけないところは、

①テレビの地上波は総合と教育、BSは1チャンネル、ラジオはAMの第一と第二とFMのみにする(地上波とBSの料金統一も)

②受信料の徴収を委託している業者すべてに対して統一したマニュアルを作り、モラルを遵守させること

 

 まずはこの2つではないだろうか。公共放送そのものを潰したら、むしろ国民を守れないと僕は思う。どこまでスクランブルにしようとしているのかわからないが、災害情報まで”観たいヒトが観ればいい”にするのだとしたら、それは危険だ。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。