KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

頑張らなくてもいいから、いてくれればそれでいいから

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 最初にこのニュースを聞いたとき、愕然とした。18歳でアスリートとして素晴らしい成績を残し、さあ次のステップへ・・・という時に。才能のないこの46歳だってそのような宣告を受けたら目の前が真っ暗になるであろう。

 

  ましてや18歳で実力と未来がある彼女にとって、その宣告はあまりにも残酷すぎる。自分のせいでもなく、他人のせいでもない。運命といってしまったら、それもまた残酷。あくまで偶然なのだ。だから誰も責められない。ゆえに辛い。

 

 ご存知の方もいるであろうが、池江璃花子選手は日本大学に4月から入学する予定だ。彼女が大輪の花を咲かせる百合の花だとしたら、僕は枯れかけのぺんぺん草なのであるが、いろいろ幅広くいるのが日大というものなのだ。

 

 入学は予定通りするらしいが、なんというか競技人生がどのような結果になっても、せめて大学生であることの喜びが味わえたらいいなと願っている。ただただ全快されることを祈りたい。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。