KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

芸能リポーターのお仕事

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 先日テレビを観ていたら、梨本勝の娘さんが出ていた。現在はお父さんの会社を継いでいるのだそうだが、突撃取材ではなくインターネットでネタを探していて、他にもコールセンターでアルバイトをしているのだとか。

 

  お父さんは芸能リポーターの元祖みたいな存在であったが、やはり彼が亡くなってしまったことで、この仕事は終わってしまった感がある。

 

 梨本勝といえばいつも「恐縮です」とかいいつつ、恐れもせず縮こまりもせずに、ずかずかと入っていくイメージがあった。僕は当時このヒトのことが嫌いであった。

 

 ヒトの容姿をあれこれいうのはよくないが、顔が下品という印象を持っていたのだ。なぜに世のおばさんというのは、ワイドショーでこんなのを喜んでみているのかというのが正直な感想であった。

 

 でもいまおもうと、”顔の下品さ”と”行動の下品さ”をお茶の間の前で体現してみせたこのヒトは、ワイドショーをみているおばさんたちの下世話さの、スケープゴートになっていたのかもしれない。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。