KOTOBASM

Wovon man nicht sprechen kann, darüber muss man schweigen.

バカ殿様はこれがないと物足りない

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 僕の家は両親が共働きということもあって、テレビを観ることじたいにほとんど制限がありませんでした。ドリフターズの番組というのは、当時PTAも、子どもが観るのにふさわしくないといっていたものですが、うちはふつうに観ていました。

 

  昭和50年代はドリフの代表的な番組として、「8時だヨ全員集合」と「ドリフ大爆笑」がありました。”全員集合”よりも”大爆笑”の方が大人向けでしたね。小学生だった僕は両方とも観ていましたが。

 

 ドリフの大爆笑でかならずやっていたのが、「バカ殿様」というコントでした。当時僕がいちばん好きだったコントは”ばか兄弟”というものでして、それほど”バカ殿”の方は好きではなかったのですが。

 

 それでも毎回くり出される志村けん由紀さおりのこのやり取りはいつも爆笑させられていました。

 マンネリもここまでくると王道といいましょうか。もうやることは、わかっているのに笑ってしまうのですよ。見逃してしまうと、もうドリフ大爆笑そのものを観たというかんじすらしなくなるのです。

 

 いま考えてみると、毎週”全員集合”で公開生放送のコントをやりながら、こういう番組もやっていたというのは、あらためてドリフはすごいなと思わされます。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。