「白黒アンジャッシュ」という千葉テレビでやっているローカル番組がある。その名の通りお笑いコンビ、アンジャッシュの冠番組である。今回例の騒動で自粛してからの1年8か月ぶりのコンビでの復帰である。
僕個人の見解としては、このような下世話な話どうでもいいのだが。復帰を批判しているニンゲンなんぞ、しょせん本気で怒っているわけではないだろう。ただイジメたいだけに違いないのだ。胸を張ってやっていいイジメなど、あるわけないのに胸を張っている。
これはまさに怒りではない。笑い、つまりは嘲笑である。しかし倫理違反を犯してしまったアンジャッシュ渡部は、芸能界で今後もメシを食っていくのなら、十字架としてこの嘲笑を背負い続けなくてはいけない。
芸人には二つの笑いの取り方がある。《笑わせる》と《笑われる》この二つである。《笑わせる》ために今回の失敗は使えないが、《笑われる》のはこの場合OKなのである。家族を今後守っていくためには笑われるしかない。笑われてもそれでメシを食っていくしか。
インターネットという無秩序な言論を展開できる場というのは、言葉に生命を持っていない。単なる記号の集合体にすぎない。これをほんとうの人間の感情であると思ってはいけないのだ。僕もふくめた無関心なニンゲンたちは。
今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君のそばにいる。