
令和8年のいま。いま住んでいる団地は、お年寄りや外国人がだいぶ増えてきました。しかし昭和50年あたりのころはというと…東京都板橋区の狭小アパート暮らしを脱却しようとした両親は、いろんなところの団地に応募して落選しつづけました。いまでは考えられないけれども、当時はベビーブームで、家賃の安い団地を求めてたくさんの人が応募して、かなりの倍率だったみたいです。
そして流れ流れて、縁もゆかりもない千葉市の埋め立て地(現・美浜区)の団地に当選して、そこに住むようになりました。
問題はまだあって、交通の便が悪かったんです。まだ稲毛海岸駅なんて影もかたちもなくて、バスで高浜から幕張駅に行かなきゃなんない。

16分っていうけど、空いていればって話で国道14号って朝は混むんですわ。街の発展が人口の増加に追いつけない頃の話です。埋め立て地ってことは、10年ぐらい前まで海だったってことですからね。幕張メッセやイオンモールなんてないころのお話でした。
今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君のそばにいる。