KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

”同性愛は異常”はニンゲンの根底に根ざしている

神奈川県海老名市の市議会議員が、ツイッターに同性愛の人たちを差別する書き込みをしていたことが分かった。取材に対し議員は「酒に酔ってふざけて書いた」と話している。  
書き込みをしていたのは海老名市議会の鶴指眞澄議員で、ツイッターに「マスコミに報道された人物は優越感が出る。一例が同性愛だ。生物の根底を変える異常動物だ」などと、差別的な書き込みをしていた。これに対しツイッター上では批判が相次ぎ、鶴指議員はすでに書き込みを削除している。

“同性愛は異常”海老名市議「酒に酔って」 


この議員の発言というのはニンゲンの根底の発露である。差別という後づけされたわかりやすい表現よりも、もっとドロドロとしてニンゲンの心に内包されているものなのだ。だからこそ酒を飲んだ時とかにふいに出てくる。


旧約聖書を読んだことのあるヒトなら記憶にあるだろう。アブラハムの時代から乱れた生活の一例として、同性愛というのは引き合いに出されている。ニンゲンの根底というものを表すいい例ではないだろうか。


同性を愛することが権利であるのは間違いない。 それは”同性愛は異常”というニンゲンの根底があるからこそ成り立つものである。LGBTのヒトは自分が異常なのではないかという葛藤と戦っているのだ。


そもそもこの議員の発言に抗議するニンゲンだってそれほど怒っているわけではない。当事者でないニンゲンならば。おそらく最近の趨勢に照らし合わせて、こいつは叩いていいニンゲンだと判断して声を上げているにすぎないのだ。


抗議するニンゲンにも根底には”同性愛は異常”というのがあるのだ。だから今回は抗議したけれども裏では以前ホモビデオに出演した日本ハムの多田野投手をdisった過去があっても不思議ではない。 ニンゲンは勝手な生き物なのだ。


自分を”普通”に見せたいがために一見矛盾しているようなこともするのである。