後楽園ゆうえんちパンフレットより
見えるわけないだろ。そのむかし東京ドームシティは後楽園ゆうえんちという名前だった。そして東京ドームができる前は、後楽園スタジアムという球場があった。
千葉に住んでいた子どものころ、後楽園ゆうえんちはあこがれの場所だった。子どもの時分に観ていたアニメに「ドン・チャック物語」というのがあったのだが、そのオープニングにいろんな後楽園の施設が出てくる。
それを観て後楽園ゆうえんちは子ども心に夢の国だとおもっていた。行ってみたい場所のひとつだった。それでもテレビという魔法の箱からみえる後楽園ゆうえんちは、千葉市の埋め立て地の団地に住む子どもにとっては遠い場所だったのね。
それでも念願かなって、小学校2年か3年のころ、後楽園に父親に連れてってもらった。ゆうえんちじゃなくてスタジアムの方だけれども。母が日本ハムの仕事をしていてオープン戦の券をたくさんもらってきたんだ。
忘れもしない。中日対日本ハムの試合。俺さ中日の宇野選手の大ファンだったんだ。だからすごくうれしかったのを覚えているよ。たしかこの年にあの有名な”ヘディング事件”があったはずだ。
バックネットの席。ライトスタンドの方向をみると後楽園タワーを改造したパラシュートタワーが見えたんだ。まだ面影は残っているけど、ドン・チャック物語で観たタワーとは別物になっていた。
そして現在。ドン・チャック物語のオープニングに出ていた後楽園スタジアム・プール・スケートリンク・ティーカップ・ジェットコースター、どれもみんな無くなってしまった。
そして後楽園タワーを改造したパラシュートタワーも、タワーハッカーという乗り物に再改造されたんだ。けれどもそれも施設の老朽化ということで、運休になってしまった。”夢の国”はしょせん”夢”で作られたものだったのだ。
今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、俺は君の傍にいる。