前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。

まるで食の宝石箱や!【御食事処】

 などとまるで彦摩呂のようなことを口走ってしまったのだが。世の中にはなんでも食べさせてくれる御食事処というものが存在する。地方によくみられるが、時代の波にもまれて、その数が少なくなってしまった。

 
 

f:id:hanpeita1973:20170220212649j:plain

 実家の最寄り駅である千葉県の成東駅前にも結城屋さんという御食事処がある。高校生のとき引っ越してきたころからすでにあった。帰ってきたときに寄るのだが、中華から蕎麦から定食からカレーライスからいろんなのがそろっている。

 成東というところは、目の前が九十九里浜という、いわば世界の東の果てであるので。かなりさびれた場所だ。駅前で食べ物屋というのは、そのあとにできた中華屋があるぐらいで、牛丼屋やマクドナルドもない。もっというとコンビニもない。

 ただ成東という街そのものが何もないのかというとそういうわけでもなく、駅から離れた幹線道路沿いには、コンビニもマックも、さらにドン・キホーテやファミレスもある。

 つまり街のヒトの移動手段が車で、それが基準になっているのだ。電車の本数が少ない地方ってそういうものではないだろうか。そういうところだから、結城屋さんもチェーン店に浸食されずに続けていけるのだ。

 なんてったって電車も少なければバスだって少ない。そんな駅前にひとりで立ち尽くしているときに、目の前にこういう店がポツンとあったら、ふと入りたくなってしまうではないか。ちなみに結城屋さんはどれもそこそこ美味しいのが特徴だ。

 ちなみに写真は結城屋さんではなく、神奈川県平塚市にある”御食事処”である。写真を撮ったときは、時間がなくて入ることは叶わなかったのだが、店内はどうなっているのだろう。

 入ったらやはり歴史を感じさせる店内になっているのだろう。それで父親と男の子が一組だけいたりして。で、店員さんが器を下げようとして、父親が”子どもがまだ食べてるでしょうが!”って怒っていたりするのではないだろうか。

 まがりなりにも平塚市は、国の北ではないけれど。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。