前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

【書評】「『意識高い系』という病」 常見陽平著







ネットスラングにもなっている「意識高い系」という存在。
自己のブランド化、SNSにおける人脈自慢、ビジネス書を読むことによる自分みがき…
この本ではそんな「意識高き」若者に人材コンサルタント常見陽平さんが警鐘を鳴らします。

よくネット上などで、「優秀な若者ほど会社をすぐに辞める」という言説が出回っている。
優秀な人には、その企業が物足りなく感じられたり、先輩の姿を見て幻滅したり、元々独立志向が強かったり…と、もっともらしい理由はいくつもあるのだが、単にこれまで居心地のいい世界でリーダーシップらしきものを発揮して天狗になっていただけではないかと思うのだ。
会社に入るということは一兵卒になるということである。
それを勘違いさせてしまう採用活動も罪だ。
さて、「意識の高い学生(笑)」は果たして、意欲や能力も高い学生だったのか?
大きな謎を残すわけである。

しごとというのは、「仕組みを作るひと」と「作られた仕組みにしたがって動くひと」とに分かれます。もちろんそれはどちらかに完全に分かれるというのではなく、また年齢や能力によって、割合が違ってくる場合もあります。
「作られた仕組にしたがって動くひと」は基本的に、「仕組を作るひと」に物言いをつけることはできません。
それがたとえ理不尽であってもしかたがないのです。

ある意味、理不尽に従うことで金をもらっているようなものです。
ただ、作られた仕組にしたがって、コツコツ1日1日やっていくことで、じょじょに仕組みを作る道が開けてくるのでしょう。 
さっこん会社なんて入らなくていいから起業しろといわれたりしますが、仕組みにしたがって動く経験の積みかさねと忍耐力は、意欲や能力よりも独立しようとするときに大事なのかもしれません。 

この本のメインテーマは若者だけでなく、私のような40過ぎの社会人にも向けられている気がします。読んでいて、身につまされる部分がありました。
身のたけ以上の自己演出を、SNSでしてしまいがちになったりなど。
そういう意識はないのだけれど、そういう傾向はあるなと感じました。