タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

図書館それは街中のオアシス

エアコンのない小生の部屋は、ここのところ昼間は蒸し風呂状態になっている。扇風機はあるが、生ぬるい風がくるばかり。おちおち休んでもいられない。もうこんなところ脱出なのである。孤独死なんてしたくはない。


オートバイに乗って走っていると、それでもさわやかな風があたる。木陰の下を走るといくぶんすずしい。向かったさきは図書館である。無料で入れて気軽に休める図書館は、ほんとうに助かる。 こころもからだも休まる。


それでもせっかく図書館まできたのだから、ボーッとやすんでいてはもったいない。読む本を物色する。こういうブログをやっているので、よく行くのは新聞の縮刷版のコーナーである。ここはネタの宝庫だ。テレビ欄の投書コーナーや広告をながめていると楽しい。


いい記事があると、コピーをとることもしばしば。なのだがときたまコピーのコーナーが空いていないときもある。待つのは構わないのだが、イライラするのは混んでいるというのに、長時間使用しているにんげんがいるときだ。


ページを一枚めくってはコピーをとり、また一枚めくってはコピーをとりのくりかえし。みていると50枚はゆうにこえている。こっちはたかだか2,3枚なので、ほんとうにイライラしてしまうのであった。


そんなに文字の本を何十枚もコピーするなら、その本を借りて家に持ち帰って、必要な情報だけをかいつまんでノートなどにメモをとればいいじゃないか。いちいち紙のムダなのである。ひじょうにもったいない。 


とかなんとかいいつつ、17時になり閉館時間をつげるピアノソナタが流れてくる。ちゃんとコピーは取れたのだが、待たなければもっとネタを発掘できたのにとおもうとひじょうに口惜しい。けっこう3分あれば、いいネタってみつかるのである。


それでも閉館のふんいきが好きだ。いまは夏なのでまだ外はあかるいのだが、せつなさみたいなものを抱えながら帰路につく。やはりあのピアノソナタが原因だなこの感情の原因は。学生時代をおもいだすのだ。学校も図書館も無機質なコンクリートの建物というところが似ている。