前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

成東駅のいしずえ







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昭和20年8月13日敵機グラマンの攻撃を受け、成東駅構内下り一番線に停留中の軍弾薬積載貨車は11時40分、火種を発した。これを認めた国鉄職員15名将兵27名は被害を最小限度に止めようと機を失せず身を挺して貨車の隔離消火に努め、一方旅客及び町民を非難させたが必死の健闘も虚しく11時58分弾薬はついに爆発して全員悉く壮烈な最後を遂げ、平和の礎と化しました。
昭和32年8月 13回忌にあたり功績を讃え町民並びに鉄道職員を初め多数の方々のご支援によりここに礎の碑を建立せられました。


小生が高校時代をすごした千葉県山武市。高校へ通うのに、いつも成東駅を利用していた。こないだ実家に帰ったので撮影。いつもこの礎を目にして、学校へ通っていた。終戦は目の前だったというのに、非業の死を遂げた人たちの礎の碑。


千葉というところは、軍都といわれたところだけあって、基地も多い。したがって鉄道もおのずと軍のために使われることになる。終戦間際は空襲も多くなる。執拗なまでの激しい攻撃だったそうで、そのなかでおこった悲劇だ。


殉職した方のなかには14歳の駅職員や、若い女性職員など未成年の職員も9人いた。こうしてみると、すでに勝ち目は失せたというのに、本土決戦だとかいって、戦争を止めさせなかった権力者や高級軍人は馬鹿野郎としかいいようがない。亡くなった将兵の方々の立派さをおもうと余計にそうおもう。


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駅のまわりはあいかわらずなにもない。駅前にコンビニエンスストアがないというところもめずらしいのではないだろうか。ちょっといったところにある国道沿いにはドン・キホーテやショッピングモールなんてできていて、それなりに栄えているのだが。いやでも駅前はこのまんまでいいのかも。


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明智半平太(@hanpeita_akechi)