KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

スポーツの結果に男らしさを持ち出す歪さについて



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なんで男子がメダル少ないと「男は情けない」で女子がメダル少ないと何も言わないのか

男の場合は「男は情けない」と言って同性を攻撃することで異性の前で己の男らしさをアピールできるから。
女の場合はそういうことを言って男同士を戦わせて強い男を選別する。
それによって、バカマッチョ男はさらに同性に攻撃を加える。
どちらも動物的本能が働いた結果なのである。
これによってコケにされているのは実は「男らしさ」「女らしさ」とは無縁なところで自分のスキルを磨いて頑張っている女の人だったりする。
男同士の戦いに血眼になる男、そんな男を利用して楽をしたい女というのは、そういう女の人にとって邪魔な存在だ。
ネットはダメおとこを可視化する

その陰で2ちゃんねるでは、女性がメダルを取れていない状況に乗じて女はダメだと声高にさけぶ人間もいる。
本来、インターネットが普及するまでは、こういう人間に発言権を与えられていなかった。
もちろん現在でも、ネット以外のメディアでは取り上げられない人種ではあるのだが。
女は男より劣るみたいなことを言う人間は心そのものが歪である。
型にはめようとしてかえって歪になっているのだ。
性別なんて型に自分の思想をはめない方が自由になれるというのに。
もちろん杉良太郎やら石原慎太郎やら与謝野馨やら、男が結果を出せないでいると「男は情けない」と言えちゃう人間も歪である。
歪が歪を生んでいる。

なんてことを書いていたらスノーボードのパラレル大回転で竹内選手が銀メダル。
おめでとう!やったね。


それじゃ失敬。