KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

自分の学校の先生があの中にいたら・・・【スペースシャトル・チャレンジャー事故】

 1986年1月28日。アメリカ合衆国スペースシャトルチャレンジャー号が射ち上げから73秒後に分解し、7名の乗組員が死亡した事故があった。機体が空中分解したときの煙の柱はいまでも記憶に残っている。

 

 なんでこの事故の印象が強く残っているのかというと、煙の柱の他にも、乗組員のなかにオニヅカさん(エリソン・オニヅカ)という日系人のヒトがいたからというのがある。

 まだTBS記者の秋山豊寬さんが宇宙に行く前だった(ちなみに秋山さんがソユーズで宇宙に行ったのは1990年)。アメリカ国籍とはいえ、見た目は日本人そのまんまのオニヅカさんに親近感をおぼえたし、なおかつ誇らしい気がした。

 なので事故のニュースを観たときに、強いショックをおぼえたのだった。さらにショックだったのが、チャレンジャー号に高校の先生が乗っていたということだった。

 事故の映像をみて慟哭する生徒さんの姿を目撃したとき、もしこれが自分の学校の先生だったらと想像すると、胸が痛む思いがした。神様はなんという残酷なことをするのだろうとも思った。

 あれから30年が経つ。いまでは多くの日本人宇宙飛行士が誕生している。そして民間人の宇宙旅行ももうすぐなどともいわれている。しかしほんとうにそうなるのだろうか。

 子どものころ、21世紀になったらヒトは月に住むようになるなんて少年向け雑誌に書かれていたけど、人類がさいごに月面着陸してからもう45年じゃないか。なにか宇宙というところは、ニンゲンの手に負えないなにかがあるように思えてならないのだ。

今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。