タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

なにをもってして「強行」なのか

なのか。そうでないのか。このごろ政治については、あまり語りたくないのだけれども。もう右とか左とかどうでもいいというか、じぶんごときがああだこうだいうのが、ひじょうにカッコ悪いとおもえるのだ。けっきょくは政治なんていうものは、いちぶの有力者のためにあるわけで。


民主主義だというけれども、それも一部の声が大きいひとに無党派層とかいわれているやつが煽動させられているだけじゃない。よく選挙に行かないにんげんは文句は言えないというにんげんがいるでしょう。ああいうのも嫌いなのですわ。 


クニの中で、ヒトの票の価値がちがう。これって究極の差別だとおもうわけ。関東に棲んでいるヒトとして、あれだけ地方のヒトのほうが優遇されているのに、こんなゴミみたいな一票にも満たない一票を入れたって、たいした意味はないのだよ。いつでも少数派のヒトからしてみれば。


前置きがながくなってしまったが、”いちおう選挙にはちゃんと行っている”のでひとこと。議論の時間を通例どおりにやったから「強制ではない」わけではない。賛否両論が拮抗しているわけだから、あるていどはみんなの意見がどちらかに多くなるまで、 議論すればいいわけ。


まだ国民の意見が拮抗しているのに、時間はかけたから、こっちのほうが多数だからといって採決してしまうから「強行」になるわけ。こんなことだれかがどこかでいっているであろう意見だし、小生があらためていうことではないけど。


だいたいなんのためにあれだけの議員がいて、二院制をしいているのか。ただ右から右から左にうけ流すだけなら、そんなに人数いらないわけでしょう。国民のために早く決めないといけないことはどっちかがやって、議論がじっくり必要なことは、あとひとつのほうがやってってすればいいのではないか。
 

なんてね考えたらいくらでも出てくるのだけれども、だからどうなるわけでもないので、やはり今後も政治のはなしはなるべくしないようにするわ。