タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

私の性の目ざめはミミ萩原さんの苦悶の表情がきっかけだった



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先日ラジオで、敬愛して止まない後藤繁榮アナウンサーの”ラジオ深夜便”を聴いていたときの話である。
その日は昭和48年のヒット曲を流していた。

てんとう虫のサンバ(チェリッシュ)
ジョニーへの伝言(ペドロ&カブリシャス)
心の旅(チューリップ)
学生街の喫茶店(ガロ)
コーヒーショップで(あべ静江
街の灯り(堺正章

など錚々たる面々の中にまぎれてなぜか”おしゃれな土曜日”という曲が入っていた。
歌手はミミという後の女子プロレスラーミミ萩原さんである。


絶妙な音の外しっぷりがクセになる1曲である。

小学生のころ私はこの人のファンで、土曜日の夕方にフジテレビでやっていた女子プロレス中継はいつもチェックしていた。
全然おしゃれじゃない土曜日という感じだが。
ミミ萩原はとにかく弱くていつも負けてばっかりいた。
それでも次第に勝つようになり、中心選手になっていったのだが、試合中はやられてばっかで、最後に何とか逆転の回転エビ固めで勝つというパターンが多かった。
やられている姿を私は観ていて、そのときに初めて私は男性であり女性が好きなのだということを意識したのである。
応援はしているのだけれども、その心の裏ではもっともっとやられていて欲しいという願望があった。
なんという変態性のある小学生だったのだろう。

それじゃ失敬。




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