前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。

日本人のヘイトスピーチはダメだが日本人へのヘイトスピーチは無視しろというダブルスタンダード

 
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 ヘイトスピーチというのはあってはならない。相手の民族がいやがる呼称を当たり前のように表明するニンゲンは、ウンコを口いっぱいほおばって窒息すればいい。だがそれは日本人限定ではない。世界共通だ。

 Facebookで冒頭の写真が掲載された記事を引用し、これはヘイトスピーチだというようなことを書いたら、いままで繋がりが無かったヒトから突然、(韓国人)の全て(の意見)ではないのは当たり前だから無視しろというコメントがきた。 

 ”日本人にもヘイトスピーチするニンゲンがいますが、それが日本人の全てじゃないからって無視するんですか? ”

そう僕が返したら

 ”身内の恥は話が別”

 というレスポンスがきた。それはない。こういうのをダブルスタンダードというし、僕のなかではありえない。地球の構造上地震が起きにくい国のニンゲンが地震の起きやすい国の被害を揶揄することはヘイトスピーチのひとつであり、無視することはできないね。

 それは日本だけではなく、他の国に起きた地震であっても同じことだよ。 また日本人がヘイトスピーチするのはダメだけど、自分の国へのヘイトスピーチは無視しろというのもおかしいよね。どっちもダメなものはダメ。自分の国がやられたら怒りを表明するのは当然だ。

 怒りを表明することを禁じられたらどうなると思う?抑えつければ抑えつけようとするほど、小さな亀裂ができたときに大きなパワーが噴出して決壊するんだよ。無視というのは抑制よりかは力は小さいがパワーを抑えつけていることには変わりはない。僕はそう思うね。