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昭和50年代少年のKOTOBASM

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

アメリカのディズニーランドをしのぐすばらしい夢とおとぎの国【横浜ドリームランド】







 横浜市戸塚区というところに、横浜ドリームランドはあった。昭和39年、東京オリンピックの年にできた大きな遊園地である。映画のロケ地にも使われた、ほんとうに夢とおとぎの国だった。




 子どものころ、1回だけ母親につれられ、弟や妹と行ったことがある。できたころはアメリカのディズニーランドの3倍の大きさがあったらしいけど、そのころはすでに一部分が高層団地になってしまっていた。

 いかんせんここは交通の便が悪くて、駅からはどこも遠いし、バスに乗ったら乗ったで、あそこらへんは渋滞がひどかった。それぐらいの辺鄙さじゃなければ、大きな遊園地なんてできなかったんだろうね。

 ほんとうは大船駅からモノレールが走っていたらしい。昭和41年に開通したのだが、車体が重すぎて、1年ちょっとで線路に亀裂が入って運行中止になり、そのまま何十年も経ち21世紀になってしまった。

 ドリームランドも2002年に閉園になった。いまでは大学の敷地になったり、霊園になっている。ドリームランドがゴーストランドになったということだ。


 



 いまやドリームランドのなごりみたいなのはほとんど無くなってしまったのだけれど、ホテルエンパイアの建物は残っている。大学の図書館になっていて、正月三が日だけ、特別に入れるようになっているんだ。

 でも正月の開放日はすごいヒトでエレベーターに行列ができるんだ。いくら豪華なホテルだったとはいえ、21階建ての建物なんか珍しくないのに。あれはきっとみんなむかしのドリームランドの思い出にひたりたいからなのだろう。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。