KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

ジムニーといえばショーケンのマカロニ

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小生にとってのヒーロー、それはショーケン萩原健一)である。ショーケンといえば、思いうかぶのは傷だらけの天使とそして太陽にほえろなのである。どちらのドラマもリアルタイムでは観ていないのだが、小生が小学校高学年から思春期にかけてのころには、よく再放送をしていたものだ。


それはだいたい平日の夕方であった。よく学校をサボっていたし、共働きの家庭だったので、いがいとその時間のテレビ番組は観ることができた。しだいに放送の自主規制がきびしくなり、傷天のほうは観られなくなってしまったのだが。


太陽にほえろで最初に殉職した刑事でもあるマカロニ。殉職シーンはいまだに強烈な記憶としてのこっている。 立ちションしているところに、背後から暴漢に刺されてしまうのだ。おいおいちょっと待て。刑事が軽犯罪法違反かよとツッコミのひとつもいれたくなるが、いかにもそれがショーケンらしいのであった。


最後も最後だが、みなさんマカロニの最初の登場シーンをご存知だろうか。さっそうとジムニーに乗ってあらわれるのだ。そして信号が赤になって止まる。タバコを吸おうとするマカロニなのだが、ライターがない。そこで脇に止まっていたオートバイのライダーにライターを借りる。


そして信号が青になるわけだが、そこでなにをおもったか、マカロニはそのライターを胸ポケットに入れて走りだしてしまうのだった。けっきょくはライダーに追いかけられて止められ(当時は100円ライターなんてないし高価だったのだろう)ライターをかえして謝る。そしてすぐさまあのオープニングテーマが流れる。


チャラチャーン♪チャチャラーン♪ チャラチャーン♪という例のやつである。

・・・って最初の登場シーンで窃盗未遂かい!

犯罪にはじまって、犯罪におわるマカロニなのであった。 


おおよそかっこよさとは無縁で、お世辞にも優秀な刑事とはいえないマカロニなのだが、それでも劇中に颯爽とジムニーで疾走する姿は、ほんとうにかっこうよかったのである。


ショーケンに完全無欠は似合わない。