タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

轟二郎がどうボケてくれるかそれが問題だった

 前回の記事で「鉄腕ダッシュ」の時間帯に「素晴らしい世界旅行」がやっていたと記したが、それは後半の30分のハナシである。では前半30分はなにをやっていたのかというと、関東圏においては「びっくり日本新記録(1975~1985)」であった。

 

  

 「びっくり日本新記録」とは、毎回一般からの参加者たちが、風変わりなスポーツアトラクションで記録を競いあっていた視聴者参加型番組である。”スポーツアトラクション”というと聞こえがいいが、やっていること自体はくだらない。

 

 

 だがくだらないとはいえど、そのくだらないことを真剣にやるからこそ、ニンゲンというのはオモシロい。そしてさらにくだらないのが、”チャレンジボーイ”の轟二郎であった。

 

 轟二郎は毎回毎回参加しては、どこかでボケたあげくコケてリタイアする。いわゆるお約束というヤツだ。どこで二郎がカマすのかというのが、観ていていつも楽しみであった。素人が真剣にやるなかで、こういう存在がひとりいてもいい。いや必要だ。

 

 そしてエンディングにはあのお決まりのナレーション。

 

記録…それはいつも儚い。一つの記録は一瞬ののちに破られる運命を自ら持っている。それでも人々は記録に挑む。限りない可能性とロマンをいつも追い続ける。それが人間なのである。次の記録を作るのは、あなたかも知れない。

 

 これはいまでもソラで言える。儚いといえど、だいたいこんな競技この番組以外でやるニンゲンなんていないのだから、誰も破らねえだろというツッコミはしないでいただきたい。

 

 そうはいえども、やっていることのスケールは大きい。いまおもえば、よくぞそれを30分にまとめたものである。またこういう視聴者参加番組って、ほんとうに減ったなあともおもう。芸能人が増えすぎたということなのだろうか。

 

 そしてこの番組が終わって30分後に、”あの症候群”がやってくるのであった。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。