KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

昭和テレビ

スチュワーデス物語

こういうニュースを見聞きすると、自分が歳をとったということを痛感する。堀ちえみさんのがん告白のことだ。小学校高学年から中高生にかけて活躍したアイドルがこういった病魔におかされるというのは、とても切ない。

市原悦子さんとまんが日本昔ばなしの「教訓」

多くの映画やテレビドラマに出演し、民放のテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」で、声優としてもお茶の間に親しまれた市原悦子さんが12日、心不全のため、82歳で亡くなった。NHKニュースが報じた。 市原悦子さんが心不全のため死去「まんが日本昔ばなし」で…

ごめんただそれだけなんだ

いま僕が住んでいる神奈川県にあるテレビ局・テレビ神奈川では、月曜日から水曜日の22時から、ドラマ「俺たちの旅」の再放送がやっている。もとは日本テレビ系列で昭和50年にやっていたドラマである。

君はザ・デストロイヤーを知っているか

力道山・ジャイアント馬場・アントニオ猪木の3人と戦った経験のある存命中のプロレスラーは、もはやこのヒトだけかもしれない。プロレスラーというのは早死することが多く、いうなればそれだけ肉体的に過酷な職業なのだともいえる。

兼高かおる世界の旅

「兼高かおる世界の旅」と「すばらしい世界旅行」といえば、昭和の日曜日、お茶の間を楽しませた世界紀行番組の二大巨頭であるのは、いうまでもない。どちらも長寿番組であり、奇しくも同じ平成2年に放送を終えている。

動画でふり返る昭和~平成初期(4)皇太子さまご成婚までの道のり

昭和から平成にかけてのころは、いまの皇太子殿下のお妃さまが誰になるのかという話題が、週刊誌やテレビのワイドショーなどで、よく話題になっていた。それはまさに、”ひらかれた皇室”を象徴するかのような現象であった。

動画でふり返る昭和~平成初期(3)一杯のかけそば

「一杯のかけそば」というおはなしを覚えているだろうか。昭和から平成に変わるころに、まずラジオで”実話の童話”として放送されて評判をよび、産経新聞でとりあげられ、国会の質問で引用されるなどして話題となった。

動画でふり返る昭和~平成初期(2)

いまでも”衝撃映像”を特集した番組はやっているけれども、平成初期ぐらいまでは、いまとは比べ物にならないほどの衝撃映像が、”ゴールデンタイムのお茶の間”にむけて流されていた。

まんが日本昔ばなし

「まんが日本昔ばなし」は、昭和50年に放送がはじまった、TBS系列(大阪の毎日放送が制作)のアニメ番組である。僕が子どものころは、関東では土曜日の午後7時からやっていた。

芸術の秋、スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋、ホラン千秋

横浜は雲一つない秋晴れ。空気は温度が下がると、水分を蓄える量が少なくなる。空気が乾くと澄んで透明度が高くなる。ヒトビトの目に映る富士山こそは、日本における最高峰の芸術だ。

アニメ「一休さん」の記憶

最近、携帯電話会社のテレビコマーシャルで、アニメの一休さんを見かけるのだが、平成生まれのヒトで知っているヒトはどれぐらいいるのであろう。そもそも放送がはじまったのが昭和50年である。

昭和52年日本テレビの試験電波

テレビをつけっぱなしにして寝てしまうことがある。そのような状況でふと夜中に目が覚めると、いつものテレビの映像とは違うモノが流れてビクッとする。いまはほぼ24時間なにかしらの番組をやっているが、昔は違ったのだ。

40年前の日本テレビとニュース&天気予報

また24時間テレビの話で恐縮だが、この番組が登場したのはちょうど40年前の昭和53年である。日本テレビの開局が昭和28年であったので、開局25年の記念ということではじまった。

それはまるでタイムカプセルのように(後編)

それはまるでタイムカプセルのように(前編)からの続き。 しかし本放送から37年経過してから観ると、まるでタイムカプセルを掘り起こして中身を見ているような気になる。そして37年前には37年後のことなど想像もつかないのだろうなと考えさせられる。

それはまるでタイムカプセルのように(前編)

毎週録画して観ては保存している番組がある。日曜日のお昼にやっている「NHKアーカイブス あの日 あのとき あの番組」だ。しばらく高校野球中継でお休みしていて、再開後の第一弾が、「NHK特集・勝負~名人への遠い道~」だった。

江ノ電を救った男

いまテレビ神奈川では、月曜から水曜の22時に、日本テレビで昭和51年に放送されたドラマ「俺たちの朝」の再放送をやっている。このごろこの時間帯は、日本テレビの懐かしいドラマの再放送が続いている。

NHK特集「人間の声 日米独ソ・兵士たちの遺稿」

NHKスペシャルは同局のドキュメンタリー番組で、前身はNHK特集という番組名だった。ちょうど昭和から平成になるころに番組が変わった。

とんねるずのタイマンテレフォン

【あらすじ】 中学生だったころの、夕方5時のフジテレビの思い出。中学校生活は面白いものではなかったけれども、まだそのころにはテレビという切り札があった。

変身ヒーロー”中の人”の苦労

このあいだテレビをチラッとみたら時代劇「必殺仕業人」がやっていた。そしてその回の悪役として、佐々木剛さんが出ていた。あの仮面ライダー2号の役を演じたヒトとして有名な俳優さんだ。

東洋の巨人・ジャイアント馬場

突然ではあるが、日本テレビのいく道は”王道”である。日本初の民放テレビ局であるし、”日本”テレビと名乗っている。そういう意味では王道をいかねばならないという宿命を持っている。

当時ぼくらの血はエロスでできていたの

先日みうらじゅん先生の個展に行ったら、先生がコレクションしていた、シングルレコードのジャケットが展示されていた。そのなかでひときわ美しく輝いていたのが、”ノーパン喫茶の女王”ことEVEさんのジャケットであった。懐かしさがこみ上げてくる。

”キャプテン”は最高の野球マンガだったとつくづく想う

www.jorf.co.jp 山上路夫先生といえば、僕が応援している千葉ロッテマリーンズのオフィシャルソングを作詞された方なのだが、特集というから「あれ?亡くなられてどれぐらいだっけ?」と思ったらまだご存命であった。すいません。

さようならがあたたかい

今年も訃報が多い。この歳にもなってくると、子どものころによく観ていたテレビ番組の登場人物の訃報も多く目にするようになる。先日お亡くなりになった左とん平さんもそのひとりだ。

企業というものの栄枯盛衰

昭和50年というと43年前か。フィルム撮影の料理番組というのはめずらしい。いまの時代4Kなどいって、とにかくきれいにはっきり観えるのがいいというかんじになっているが、はたしてそれほど必要なことなのだろうか。

むかしのテレビ番組にあっていまはないもの②

クイズ番組はいまでも多くやっている。ただむかしはたくさんあったのに、いまやほとんどなくなってしまったものが、クイズ番組というジャンルにある。こうなったせいで、テレビに夢みたいなものがなくなったといっても過言ではあるまい。

むかしのテレビ番組にあっていまはないもの①

子どものころは当たり前のように観ていたけど、いまおもえばすごかったのだなあというもの。それが8時だよ全員集合である。なにがすごいのか。まずはこの動画を観てほしい。

”あれ”から13年

TBSに現存する最古の映像資料。それが昭和33年10月31日に放送された「サンヨーテレビ劇場」のドラマ「私は貝になりたい」である。そしてドラマ終了後に、生放送でコマーシャルが流れた。

品質管理用の信号

前回で取り上げた、岩谷自動車のコマーシャルのハナシで思い出した。そういえば似たようなのがあったな昔にと。黒地に白い文字で、無機質なかんじの映像。でもあれはヒトの声すら無かった。

オクレさんから村上ショージさんへの流れが最高

YouTubeを観ていたら、さいきんどこぞかのヒトが、むかしのあるお笑い番組の1コーナーの詰め合わせをアップしていたんだ。あまりの懐かしさに胸がいっぱいになってしまったよ。

この番組を観て大人になったといっても過言ではない

それぐらい影響を受けまくった番組があるんだ。それがテレビ朝日で夜10時に月曜から金曜まで放送されていた「ニュースステーション」でね。中高生のころは、ほぼ毎日観ていたとおもう。