KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

昭和55年

さよならの向こう側

先日ひさしぶりにカラオケをした。母が千葉県八千代市で居酒屋をやっていて、弟の家族といっしょに盛り上がった。もう最近の歌は知らない。しかしまだ30代前半である弟夫婦の知っている歌をチョイスしなくてはならない。

想い出のセレナーデ【浜田朱里】

1980年。それは山口百恵がさよならのかわりとしてステージにマイクを置き、われわれの想い出の彼方へと消えていった年であった。そして彼女が去った後も、その幻影をもとめてさまよい、変わる存在を探していた。