KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

さよならの向こう側


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 先日ひさしぶりにカラオケをした。母が千葉県八千代市で居酒屋をやっていて、弟の家族といっしょに盛り上がった。もう最近の歌は知らない。しかしまだ30代前半である弟夫婦の知っている歌をチョイスしなくてはならない。

 

  そうなのである。やはりおっさんは、自己満足な懐メロを、若い者は知らないだろう的態度で得意げになって歌ってはいけない。しかし最高14歳の年の差を感じさせない歌というのもけっこうチョイスがむずかしい。

 

 もうむかしとちがって、幅広い世代に通じる歌というのは少なくなった。そんなこんなでデンモクをピコピコいじっていた。ひじょうに迷う。しかしそこでひとつ思いついた。ここは徳永さんの出番だと。

 

 そう徳永英明さんのことだ。彼はいままで何枚かカヴァーアルバムを出しているのだが、楽曲はみな女性歌手のものである。それがみな徳永さんの楽曲としてカラオケに入っていて、男性が歌えるキーになっている。

 

 そしてある曲にたどりついた。それが山口百恵さんの「さよならの向こう側」であった。この曲ならばCMソングとして、現在でも流れているから、若者でも知っているであろうと考えた。そしてなんとかその場を取り繕ったのであった。

 

 そうか。もうあれから40年近く経とうとしているのか。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。