KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

公衆電話いくらなんでも少なすぎないか

 きのうは面食らった。電話をかけようとしたら、うんともすんともいわないのだ。そう。なにを隠そう僕はワイモバイルのスマートフォン所有者なのである。いま住んでいるアパートには固定電話もない。

 

 通信障害は6日午後1時39分から約4時間半。119番通報が一時できなくなるなど深刻な事態だった。東京消防庁は公式ツイッターなどで「ソフトバンク回線の一部で、119番通報がかかりづらい状況」「火災や救急等の緊急時は他社の固定電話または携帯電話から」と呼びかけた。

ソフトバンク通信障害に利用者が怒り「アポ取れない」などの声 - ライブドアニュース

  そしてアパートのまわりを見渡してみても、公衆電話などどこにもない。そしてどこに公衆電話があるかもわからない。今回の事態を鑑みて、いざというときのために、固定電話加入しようかとも考えた。

 

 ふだんの僕は、おサイフケータイとかスマホでピッと決済するようなものを一切使っていないので、そこらへんは心配いらないのだけれども、なにかあった場合の通信手段だけは確保しておきたいものだ。

 

 最近はコンビニエンスストアも公衆電話を置いていないところがあって、僕のアパートの最寄の店がそうなのだけれども、そうなると本当にお手上げだ。あと持っているのはアマチュア無線の無線機か。ほかに持っているヒトは、限られてくるけれども。

 

 ニュースを観ていたら、公衆電話の使い方がわからないというヒトもいるらしい。これはびっくりした。スマホは使いこなせるのに、なぜにシンプルな機能の公衆電話が使えないのか。

 

 今回の障害は数時間程度で済んだからいいけれども、もしかしたら壊滅する可能性があるというのも否定できない。そういうときのことも考えないとと今回のことを通じて思い知らされた。それにしても本当に公衆電話が少ない。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。