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言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

僕は評論しギャラを得るニンゲンにもセンスというものを問う ~「THE W」について~


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 現代社会において、評論する者にたいして”じゃあお前もやってみろよ”というのは、ご法度になっている気がする。これをいうと、過剰なまでに牙をむいて反応してくるニンゲンは、けっこう多い。

 

 12月10日に生放送された、女芸人のNo.1を決める大会「THE W」(日本テレビ系)。勝ち残った10組が1対1で戦い、勝ち残った5組が決定戦へ。コーラスネタで知られる阿佐ヶ谷姉妹が優勝を勝ち取った。

(中略) 

「大前提として、勝ち抜いたはずの芸人のネタが、総じて面白くありません。会場の笑いも少なく、ネット上には『こんな静かなお笑い番組ある?』『ゲストの滝沢カレンのコメントのほうが面白い』『選ばれて出てきたはずなのに公開処刑みたい』など、笑いの起こらないお笑いコンテストにザワつくコメントが。
(中略)
 MCやゲストが言葉に困りながらムリヤリ褒める姿のほうが、滑稽で笑えました」(芸能ライター)
 今回、友近やハリセンボン、オアシズ森三中椿鬼奴柳原可奈子ほか、テレビでお馴染みの女芸人の多くは、エントリーさえしていない。このまま、前代未聞の「つまらない」と烙印を押されるお笑い大会になってしまえば、それこそお笑い草だ。

「つまらない!」女芸人NO.1決定戦「THE W」の低レベルに視聴者衝撃(1ページ目) - デイリーニュースオンライン

 僕はこのごろお笑い番組にかんして、とりあえず録画予約だけはしておくのだが、ここまでケチョンケチョンにしているネットのニュース記事があったので、興味がわき観ることにした。

 

 実際に観た感想として、僕は面白いと感じた。番組全体の演出も出場者のネタも。1回戦のネタの前の、出場者紹介における掘り下げ方が秀逸。出場者のネタも、きちんと作られている。

 

 評論というものをするのに、お笑いというのはやりやすい分野なのであろう。要は「現に笑えなかったのだから批判してなにが悪い」ということなのである。これに「周りもそういっているから」が加われば、とりあえず1記事は完成みたいな。

 

 とりあえず記者と”芸能ライター”は名前を出してもらいたい。あなた方の書いた過去の記事を読んで、審美眼のよさを感じ、これは僕では勝てないなと思わされたら、このような記事も書かないで済む。

 

 おそらくこの手の記事は、観ていないヒトのために、作成されたものなのであろう。学校の教室の中で、いい易いヒトを肴に、仲間うちで陰口を叩くレベル。仲間うちでやるのなら勝手だが、衆目にふれるところがやっかいだ。

 

 ギャラをもらってお笑いを評論するのなら、せめて笑えるか笑えないかだけで語らないでもらいたい。陳腐になるから。”他人が言っているから”とネットの声とか某芸能ライターとか出して多数派を気取るのも。

 

 そういった批判記事がいちばん、有情滑稽さに欠ける。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。