KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

きょうびの居酒屋

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 さあいざつままれんとする焼き鳥。というわけで、昨日は大学のみんなで忘年会であった。場所は校舎のある市ヶ谷。かれこれ25年前にはよく通った道だが、お店はガラリと変わっていた。

 

  富士そばも、もちろんいきなりステーキもなかった。前は中華料理屋があって、そこのチャーハンが好きで、外出からの帰りにはよく食べにいったものだ。いまは防衛省になった市ヶ谷駐屯地だが、僕が住んでいた官舎は使っていないようすだけれども残っている。

 

 今回の飲み会で、50年前にいまの防衛省のあるところで、三島由紀夫が割腹し自決を遂げたのだと、僕の子どもぐらいの年齢の子に言ったら知らないとのこと。こういう席でそういうハナシをするオヤジというのは、きっと迷惑であったにちがいない。申し訳ない。

 

 今回言った居酒屋は、なんと30分290円のドリンクバー形式。このようなお店は初めてである。おそらく人手不足による苦肉の策でうまれたのであろう。こういう形式は、どうも腰を落ち着けて呑めないのが欠点だ。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。