KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

《アニキ》ってそれこそ空にそびえる鉄の城だったな

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 過去にブログで、子どものころデパートの「水木一郎ショー」に言った思い出を記したことがあった。今は亡き弟が、アニキに宇宙戦艦ヤマトをリクエストして困らせたという話だ。あのときのアニキのリアクションが忘れられず、45年ほど経ってしまった。

 

 私が子どもの時分というのは、特撮やアニメなど、子ども向けの番組に出ていたりすると、テレビ業界で低くみられることがあったそうで、アニキも陰ではバカにされてたのかなと想像する。

 

 やがて映画版「銀河鉄道999」でゴダイゴが主題歌を歌うようになり、アニメソングを歌うという立場が低くなくなってきた。そうなったらそうなったで、それまでアニメソングを多く歌ってきたアニキの出番が少なくなってしまった。

 

 けれどもアニキはフェードアウトしなかった。それまで歌ってきたアニメソングを歌い続け、子どものころそれを聴いていた大人たちを少年のころに還させてくれる役割を担ったのだった。報道を観ていたらギリギリまでステージに立とうと頑張っていたそうだ。

 

 アニキみたいな人がお亡くなりになると、自分も歳とったなと考えさせられる。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君のそばにいる。

 

小学生のときいちばん好きだったマンガ

 小学生のころっていったら、もう40年以上(!)前か。いまは亡き年子の弟が、100いくらか円を握りしめ、少年ジャンプを本屋に買いに行っていたっけ。弟がひととおり読んで、床にほっぽり投げてあるのを拾って私は読んでいた。

 

 クラスメートは大体、キン肉マンとかキャプテン翼、あーあーそうだよ王道みたいなのを教室で話題に出していたと思われる。私もそれらを読んではいたけど、なんか感情移入がいまいちできなかった。

 

 で、好きなマンガがなんだったかというとー

 

 当時は少年誌でも、おっぱいがいっぱいおっぱいがいっぱいしていたのだ。あのときはあのときでいい時代だった。もちろんいまの方がエロ情報は簡単に手に入るのだけれども、当時のなにもないところでの、暗闇のなかの微かな光明みつけた感を感じられるのもそれはそれでよかった。簡単にエロが閲覧できるなんて、未来予想図は当時描けなかったし。

 

 徳弘正也先生はギャグも面白くて、まあシモネタなんだけど、部屋の片隅でよくクスクスしていたなあ。ちなみにゲイ雑誌の「さぶ」の存在を知ったのも、シェイプアップ乱がきっかけだった。最初わからなかったけど、後年本屋でみつけて意味がわかった。

 

 もっと徳弘マンガの思い出があるのだけれど、それはまた次回ということで。

今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君のそばにいる。