KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

木枯らしの二人(伊藤咲子・昭和50年1月のヒット曲シリーズ)

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’ 母親から聞くところによると、2歳ぐらいのころ、テレビジョンにこのヒトが登場するとかならず僕は画面に食いついていたらしいんだ。それが伊藤咲子さんだったそうなのだよ。

 

 

 理由は当時2歳の僕に、知る由はないけれども。ただいえることは、いま聴いてもああいい歌だなと思えるということさ。きっとヒトそれぞれに、自分の波長みたいなものにピッタリくる音色ってものがあるにちがいないということさ。

 

 それは曲調であったり、歌っているヒトの声質であったりするのだろうけども。ちなみに赤ちゃんってどれだけ大泣きしていても、タケモトピアノのコマーシャルの音を聴くと泣きやむらしいのだよ。ニンゲンってふしぎだよね本当に。

 

 ちなみにこの「木枯らしの二人」は彼女にとって最大のヒット曲でオリコン週間5位までいったのだよ。「ひまわり娘」じゃなかったんだ。あれだ。コロッケさんのモノマネの印象が強くて錯覚していたよ。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り僕は君の傍にいる。