KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

むかしのテレビ番組にあっていまはないもの①

 子どものころは当たり前のように観ていたけど、いまおもえばすごかったのだなあというもの。それが8時だよ全員集合である。なにがすごいのか。まずはこの動画を観てほしい。

 

 まずひとつめに観客がいて、生放送をしているというところだ。停電であったり、コント中にボヤ騒ぎがあったりというのはあったが、あれだけの長い間放送して一度も客席から乱入者が出てこないのはすごい。

 

 そしてもう一つが、コントをやっている後ろにバックバンドの面々がいて、コントをみて笑っているというのがすごい。なんというカオスな状況であろうか。いまとなってはお目にかかれない光景である。

 

 いまや歌番組もカラオケが主流であるし、お笑いと歌が共存している番組もみかけない。アイドルと演歌歌手が同じ番組に出ているというのもこの頃ならでは。お茶の間で子どもからおじいちゃんおばあちゃんまで、みんなでテレビを囲んでいたんだよなああの頃は。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。