前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。

「ハチのムサシは死んだのさ」平田隆夫とセルスターズ【ラジオメモ】

 今回のタブレット純 音楽の黄金時代のお題は”人の名前のついた歌”ということで、聴いているとけっこうそういう歌って多いのだなと気づかされる。昭和47年に発表された「ハチのムサシは死んだのさ」もそのなかのひとつ。

 


 この歌は前から知っていたが、変な歌というか、何が言いたいのかわからないというか。そんな印象を持っていた。放送でいっていたのだが、学生運動を示唆しているのだとか。いわれてみればああなるほどというかんじだ。

 作詞は1963年の映画「一三人の刺客」にも出演した俳優の内田良平で、このヒトは詩人としても知られていて、多くの動物や昆虫をテーマにした詩を残している。「ハチのムサシは死んだのさ」もそのうちのひとつ。

 昭和47年といえば、”連合赤軍あさま山荘事件”があった年でもあり、その後に内ゲバ殺人事件も発覚した。実際の学生運動の末期は、「ハチのムサシは死んだのさ」の世界とはほど遠い、凄惨をきわめた世界だったのだ。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。