KOTOBASM

言葉を使うようになって、ヒトは”時”を作った。それまではただ目の前にやってくる”生”を生きるだけだったのに、言葉と時制を持ったがために、ヒトはやがてくる死というものに怯えるようになった。

アニメ「一休さん」の記憶

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 最近、携帯電話会社のテレビコマーシャルで、アニメの一休さんを見かけるのだが、平成生まれのヒトで知っているヒトはどれぐらいいるのであろう。そもそも放送がはじまったのが昭和50年である。

 

一休さんの放送がはじまったころ

 

 放送がはじまった昭和50年は、まだ放送局名がNET(日本教育テレビ)と名乗っていたころである。このアニメが制作されたのは、”教育テレビ”であったからかもしれない。いうなれば子ども向け教養番組である。

 

 局名が昭和52年に「テレビ朝日」となってからも一休さんは続き、昭和57年まで放送された。しかし放送当初は私も物心ついていなかったので第1話を観ていない。一休さんが出家した理由も知らず、放送中期のを観て楽しんでいただけであった。

 

一休さんとてるてるぼうず

 放送が終わってから、一休さんのモデルは一休宗純であることを知ったが、アニメのあのてるてるぼうずがなんだったのかは、はっきりと覚えていなかった。ただ漠然と母親代わりの存在ぐらいの知識だった。

 

 こうして第1話をいまになって観てみると、ああそうだったのかと思わされる。母の着物の小袖で作られたのだ。そして天皇落胤であったがために、出家して母と別れて過ごさねばならなかったのだ。

 

 またあの「どうしたもこうしたもないでござるよ~」なんていつもいっていた新右衛門さんも、実は幕府の高官で、最初のころは一休さんの監視役だったのだ。余談であるけれども。

 

 もう子どものころに戻れないどころか、老いていく一方であるが、子どものころに観たアニメーションをこうしてあらためて観てみるとまたあらたな発見に出会えて新鮮な気持ちがするものだ。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。