KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

水の事故にはくれぐれもお気をつけて【本編】

 神奈川県の山北町というところに、玄倉川という川がある。いまから20年ほど前に子ども4人を含めた13人が亡くなるという水難事故があった。

 

観られないときはこちら

 

 かんたんに説明すると、ほんらいキャンプしてはいけない中州にテントを張っていた総勢18名が、大雨のために放流されたダムの水に流されてしまったという事故である。

 

 再三ダムの職員が警告して、それを無視した結果、起きてしまった事故である。よく起こるべくして起きてしまったというが、この場合だって死は必然ではない。偶然の積み重ねによる結果である。 

  ただ大雨の中でダムの安全のために放流しただけ。ニンゲン危険を冒しても死なないヒトは死なない。最終的にニンゲンが死んだという結果をもって、生者が”死んで当然”というのは傲慢な物言いなのである。

 

 それはこのYouTube動画の作成者にもいえる。最初の動画を切り貼りして作ったわけであるが、それあんた実際に当事者に聞いたのかとツッコミを入れたい衝動に駆られる。

 

 まあ一番のツッコミどころは、そうしてさんざん説教をたれておきながら、他人のふんどしでかなりの再生数を稼いだあげく、チャンネル登録を募っているところなのであるが。

 

 もちろんこのキャンプのメンバーの大人の罪は大きい。リーダー役は特にだ。助かった5人のうち成人男性は3人(2人は子ども)。いくら生と死は偶然の積み重ねといえど、身体条件による助かりやすさというのはあるのだ。

 

 だからこそこういうときに成人男性は、女性や子どもがいるということを念頭に考えて慎重に行動しなければいけない。危険を顧みないことが格好いいわけがない。いがいとこれが理解できないのが多い。自分のバカを開き直って生きているタイプに特に。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。