昭和天皇が最後に公の場で見せたお姿

  それが昭和63年8月15日に日本武道館で行われた全国戦没者追悼式であった。

 

 天皇制については、さまざまな意見があるに違いない。なかには天皇制というだけで、それは左翼陣営が造った言葉であり、不敬であるというヒトもいるだろう。しかし制度は制度なのだ。

 

 そして先帝陛下や今の天皇陛下も含めた個人と、天皇制という制度は、時に切り離して考えないと、なぜ”あの時”問題だったのかというのを見失うことになる。”あの時”というのは戦争のことである。

 

 制度というものを誤用すれば、それはときに大きな被害をもたらす。制度上”現人神”という不可侵の存在がいれば、その近くにいるものが偉く、遠いものは近いものに従わなければどうしてもいけなくなる。そしてそれは最終的に命の格差を作る。

 

 戦後に先帝陛下は人間宣言をしたけれども、なかにはそれを建前と考えているニンゲンがいる。そういうニンゲンにたいして、たしかに天皇陛下は尊敬すべき存在だけれども、なぜあなたがそれを盾にして、俺は偉いお前は俺より下だと言われる筋合いがあるのか。

 

 さらには、「社会のために死ねというが、なぜ自分が死んで、あんたに生き残る権利があるのか」問う姿勢が必要だ。それは制度にたいする批判であって、天皇陛下をはじめ皇族の方々にたいする批判とはならない。

 

 先帝陛下はたっての希望にて出席した、この戦没者追悼式の一か月後に倒れられ、そのさらに4か月後の昭和64年1月に崩御され、昭和の幕は閉じられることとなる。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。