KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

長谷川豊氏の語る”礼儀”に対しそれはフェイクであると言おう

 長谷川豊氏とは、奈良県出身の元フジテレビアナウンサーで、現在フリー。去年は衆議院選挙にも立候補した(落選)。彼のブログで、このような記事が更新された。

例えば、先日、Twitterで執拗に変な人間に絡まれたことがあったんですよね。

その人、丁寧な口調だったので最初は応対しようとしたんです。

でも、はっきり分かる、ただの「批判したいだけの変な奴」なわけで。

そういう人ってね、単純に 「返答ありがとうございます」 がないんですよね。

僕、ツイッターであってもなんであっても人としての礼儀を欠いている人間とはかかわらないようにしているんです。時間を無駄にする可能性が高いので。

アンチは全然気にしないですが、当然ルールは存在します : 長谷川豊 公式コラム 『本気論 本音論』

 

 実はここに出てくる「批判したいだけの変な奴」というのが、小生バタなめKENなのだ。彼が礼儀についてうるさいというのは、出身校が三重にあるあの日生学園第二高校であり、寮長であったことからもわかる。

 

 事の発端は、長谷川氏のTwitterにおけるツイートに、小生が言及したことからはじまる。

 

 

 小生がなぜこのような言及をしたのかというと、まずこの長谷川氏のツイートは、ミスリードを誘う可能性があったからである。この4秒の動画だけだと、誤訳しているようにみえる。

 

 けれどもトランプ大統領のスピーチを聞いてみると、

フェイクニュースを流すメディアは国民の敵だ」

と訳すことができる。Twitterというのは拡散性があるので、事実ではないことであっても簡単に広げることが可能である。

 

 また長谷川氏は、このテレビ朝日報道ステーション」の”誤訳”を盾にして、放送局の免許を取り上げてやる。そのために絶対国会議員になってやるとつぶやいている。これらについて小生は危険だと感じて言及したわけだ。 

 

 それに対してはどんな状況であっても(僕を嫌いでも)「返信ありがとうございます」から入るのが人としては普通だと考えています。 でも、おかしな人とか僕を批判したいだけの輩とかはそれは絶対に言ってこないんです。

 

 

 シンプルに問おう。このような物言いをするニンゲンに、

”返信ありがとうございます”

などと返せるであろうか。それでも一つの礼儀として、このようなコトバに対しても敬語で返したわけだが。

 

 そもそも彼は、来年の国政選挙に「日本維新の会」という公党から出馬すると公言している。そういうヒトに対して、公僕になろうとするなら有権者にへつらえなどというつもりは、さらさらない。

 

 だが自分より政治家の方が上だとも思わない。勘違いするな。それだけのハナシだ。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸がつづくかぎり、僕は君のそばにいる。