むかしのテレビ番組にあっていまはないもの②

クイズ番組はいまでも多くやっている。ただむかしはたくさんあったのに、いまやほとんどなくなってしまったものが、クイズ番組というジャンルにある。こうなったせいで、テレビに夢みたいなものがなくなったといっても過言ではあるまい。

むかしのテレビ番組にあっていまはないもの①

子どものころは当たり前のように観ていたけど、いまおもえばすごかったのだなあというもの。それが8時だよ全員集合である。なにがすごいのか。まずはこの動画を観てほしい。

ファミコンのリセットボタン

いまどきのお子さんのゲーム機はどうなっているかわからないが、僕が子どものころに流行っていたファミリーコンピューターには、リセットボタンというものがあった。(冒頭写真の”←コレ”参照)

ルックチョコレート

不二家と聞くと、根拠はないのだけれど、高級感を感じてしまう。実は値段は庶民的なのだけれども、洗練されたイメージがあるのだ。パッケージデザインからして、他とはちがう。

脳裡の奥にしまってあったメロディーライン

少年だったころ、どこかで聴いた曲で、歌の題名も歌い手の名前もわからないけれども、メロディーラインだけが印象に残っている歌というのがある。詳細は知る由もない。

25年後の〇〇〇

「25年後のサザエさん」いつごろの”25年後”かはわからない。とにかくカツオとワカメとタラちゃんが、タイムマシンに乗ってやってきた。磯野家の外観はまったく変わってはいない。

やはり新幹線といえば0系

古いヤツだとお思われるだろうが、どんなにカタチが変われども、いまはもう走っていなくとも、ずっと僕の心のなかの新幹線というのは0系だったりする。だって昭和に生まれたヒトだもの。

宇宙旅行に行けるようになる日

小学生のころ、NHK総合テレビで18時から、「600こちら情報部」という児童向けの情報バラエティ番組があった。そうなのだ。あのころのこの時間帯は、大人たちが観るようなニュース番組の時間ではなかったのだ。

”あれ”から13年

TBSに現存する最古の映像資料。それが昭和33年10月31日に放送された「サンヨーテレビ劇場」のドラマ「私は貝になりたい」である。そしてドラマ終了後に、生放送でコマーシャルが流れた。

嗚呼…日生学園

なにでこの学校のことを知ったのだろう。ニュース番組の特集だったのだろうか。それともドキュメンタリー番組だったのだろうか。とにかくいえるのは、その当時は高校入学前であり、こんな学校に入ったらイヤだなあということだった。

よくあるテレビクロージングのパターン

北陸は大雪で大変らしい。除雪の作業にあたるヒトも、命を削って頑張っている。こういう雪のニュースをみていると、ほんとうに僕のような関東の民は恵まれているなと感じる。

品質管理用の信号

前回で取り上げた、岩谷自動車のコマーシャルのハナシで思い出した。そういえば似たようなのがあったな昔にと。黒地に白い文字で、無機質なかんじの映像。でもあれはヒトの声すら無かった。

これは、故障ではありません

日本には全国ネットの放送局のほかに、地方ごとにローカル放送局というものが存在する。どちらも民放であるから、広告収入で経営が成り立っている。すなわちCMを流さなければならないのである。

そんな定岡正二が受けた洗礼

定岡は鹿児島県の出身で、鹿児島実業高校からドラフト1位で読売巨人軍に指名され上京した。素質はあっても、そこは18歳の素朴な若者である。そんな彼が巨人に入団し出会ったのは・・・

定岡

僕より下の世代のヒトだと、このヒトは日本テレビでやっていた、とんねるずの生ダラの”負け犬サダ”のイメージかもしれない。現役のころは観たことないけど、プロ野球選手だったのは知っているみたいな。

”炎上ねらい”にノセられるヒトたち

有名になることのメリットってなんだろう。ひとつには多くの”無名なる”ヒトたちを”養分”にできること。それは金であったり、将来”金”につながるようなものであったり養分というのにもいろいろあるけど。

ナポリタン

子どものころスパゲティーといえば、ナポリタンかミートソースのどちらかだった。そのふたつしか知らなかったのさ。さいきんナポリタンは外食でというより、スーパーマーケットの総菜コーナーか冷凍食品ばかりでみかけるものになったよ。

無関心の中間層【このごろの「anone」について考えてみた】

さまざまな分野の作品には、支持者もいれば、アンチもいる。だがそれだけではない。支持者よりもアンチよりも圧倒的に多い存在がいるのさ。それが”無関心の中間層”なんだ。

さみしいナ…(石立鉄男)【1975年1月の歌】

手元に一枚のCDがある。タイトル名は「DIMGRAY/ISHIDATE TETSUO VOICE」という。名前のとおり歌ではなく、ただ石立鉄男の声だけが収録されている。その数なんと99トラックもあるんだ。

お。四角い顔!ふたたび

しかしペヤングソース焼きそばを食べるときには、ある心配をどうしてもしてしまうんだ。それはカロリー。2人前の分量がある”超大盛”に至っては、1000カロリー超えしてしまうわけだよ。

上野動物園のパンダ夫婦の名はリンリンとランランである【第1回アメリカ横断ウルトラクイズ】

それがアメリカ横断ウルトラクイズのはじまりだったのさ。はえある第1問。参加人数404人で間違えたのは24人。答えは×で正解はカンカンとランラン。当時、昭和52年で、まだ成田空港はできていなかったんだ。

”おじさん”って十把一絡げにしないでよ

さいきん僕より年下のヒトで、”おじさん”をディスる発言をよく目にする。もちろんそういう若いヒトにも言い分はあるのだろうよ。あんたらだってちかごろの若者はって言うじゃないかと。

ハードボイル道の目安箱(1)

さて新しくはじまったこの企画。よせられたブックマークコメントや質問にお答えします。

お。四角い顔!

「どうだいお味は?」「まろやか~♪」 「もういっちょいくぅ~?」「うっす!」 子供のころに観た、夕方のテレビ東京のテレビアニメの再放送を思い出すよ。

しょせん”チンピラ”にはわからないこと

正直にいって、 ”現に結果を出していないのだから、なにを言われてもしょうがない” という考えが大嫌いなんだ。とくに表現というものを語るときに。

コンバットマーチ

いつごろからだろう。高校野球の応援でコンバットマーチが聴かれないようになったのは。むかしと違って、時代の流れだろう。いまやブラスバンドもいろいろな曲をやるようになった。

冬の色(山口百恵・昭和50年1月のヒット曲シリーズ)

前回の「木枯らしの二人」につづいて、今回も昭和50年1月のヒット曲のハナシ。この「冬の色」という歌は、百恵ちゃんの7枚目のシングルであり、はじめてオリコン1位になった歌なのさ。

木枯らしの二人(伊藤咲子・昭和50年1月のヒット曲シリーズ)

’ 母親から聞くところによると、2歳ぐらいのころ、テレビジョンにこのヒトが登場するとかならず僕は画面に食いついていたらしいんだ。それが伊藤咲子さんだったそうなのだよ。

オクレさんから村上ショージさんへの流れが最高

YouTubeを観ていたら、さいきんどこぞかのヒトが、むかしのあるお笑い番組の1コーナーの詰め合わせをアップしていたんだ。あまりの懐かしさに胸がいっぱいになってしまったよ。

”クソタクシー”

おだやかじゃないなあ。言いたいことはわからなくはないけれども、ホリエモンにしろ、LINEの上級執行役員のオヒトにしろ、もう少しオブラートに包んでいえばいいのにっておもうのだけれどもさ。